兵役の健康診断と面接を受けるヨセフ
18歳を目前に、ヨセフは兵役の健康診断や面接を受ける。
大麻は?と聞かれ、やってないとウソを答える。
「頻度は?」と聞かれ、正直に言えと言われ、仕方なく「週1回」と認める。
面接では「突然アラブ人が現れたら?」
「目を見ます。ベルトですか?」
「お父様に習ってない?学校で先生の話に納得できない時は?」
「相手は教師だし、従いました」
などの質疑応答が続く。
なぜこの部隊を希望するかと聞かれたヨセフは、
「空軍が好きだし、パラシュートに興味がある」
と答える。
「除隊後は何を?」
「歌手が夢です」
「お父様によろしく」
帰り際、父親が出て来て、
「それで、いつからだ?」
「9月2日」
「まだ先だな。ひどい髪型だ。今のうちさ。直に刈られちまう」
自転車で去るヨセフに父が言う。
「ヨセフ、楽しめよ」
浜辺に焚き火しながら集う友人4人
浜辺でヨセフの友人たちが焚き火をしている。
ヨセフ以外は女2人、男1人だ。
ヨセフはギターを弾いている。
そのうちの男女がジャレあっている。
「兵役で3年会えなくなるんだぞ」と男の友人が言う。
「兄弟みたいな感じ」と女が言う。
「9月までに稼ぐいい方法は?」とヨセフが聞く。
「アイス売り」ともう1人の女性が答える。
「曲を売るとか」さっきの、男とジャレあっていた女が言う。
「体を売れ」と男の友人が冗談を言う。
血液検査でヨセフがありえない血液型と判明し再検査へ
部屋でギターを弾くヨセフに母オリットが近づいてヘッドフォンを外し、
「血液検査で手違いが」
「なぜ?」
「あなたは『Aプラス』だって」
「だから?」
「ありえないわ。パパも私も『Aマイナス』。遺伝の法則なの」
「落ち込んだ時は悲しい歌を聴くといい」
再検査に訪れた病院で、母の診察室から出て来た1人の美しい女性にヨセフは惹かれる。
病院の庭のベンチに座るその女性にヨセフは語りかける。
「僕はヨセフ。落ち込んだ時は悲しい歌を聴くといい。涙を流すとスッキリするから」
と、ギターを弾き始める。
それを診察室から見ていた母に、もう1人の医師が言う。
「オリット、確かだよ。君はAマイナスだが、ヨセフはAプラス」
「まさか。アロンの血液型が違うのか…」
「胆石の手術のカルテを取り寄せた。Aマイナスだ。後はDNA検査だ。アロンに話せ」
「ダヴィッド、何が何だか…」
習慣の「火曜の映画デート」でオリットもアロンも気がそぞろ
オリットとアロンは結婚してからも、「映画デート」を続けていた。
「例外的ケースじゃないか」
「遺伝の法則に例外はないのよ」
「なぜ再検査の前に私に相談しなかった?」
前の席に座る女性が振り返って、動作で静かにと促す。
その日の夕食で、娘から「何の映画?」と聞かれ、両親は答えられない。
「『火曜は映画』。習慣なのさ」
「習慣て快適なのよ。火曜日が来ると現実を逃れられるもの。楽しいわ」
アロンはそんな妻を横目に黙って席を立つ。
「何を観たか忘れても?」とヨセフ。
機嫌が悪い夫にオリットは言う。
「18年前に浮気をしたと思ってるのね。アロン、あなたが聴くから答えるけど、裏切ったことはないわ」
「そんなこと聞いてない」
「でも答えを求めてたわ」
「ヨセフは君の子ではないかも」
「いろいろ調べてみたよ。君は今まで息子が父親に似てないと思ったことは?」と同じ職場の医師ダヴィッドから聞かれたオリットは、
「私に似てると思う?あなたも私を疑ってるのね。私は夫を裏切ってない。ヨセフは私にも似てないわ」
「そのとおり。ハイファで出産?」
「当時住んでたの」
「91年1月23日、R病院だね?」
「そうよ。だから?」
「勘なんだが、確認待ちだ」
「勘て?」
「ヨセフは君の子ではないかも」
赤ん坊の取り違えと判明、出産時の病院へ
マロンがオリットに「どこへ行ってた?何度も電話したぞ」
「何があった?話してくれ」
「ハイファのR病院からダヴィッドに連絡が。出産は湾岸戦争の初め…、ミサイル攻撃を怖れ、病院はヨセフを安全な場所へ。保育器の中にはもう1人の赤ん坊が。翌日私に戻されたのはヨセフではなく…、もう1人の子」
「何を言い出す?」と愕然とするアロン。
「他人の子なら分かるはずだ。母親だろ」
「現実にはムリ」
「バカな。ダヴィッドがくだらんデタラメを?」
「あなたは何も」
「私は当時、前線に」
「違う、今日のことよ。彼の話をしてるの。2週間後、R病院へ。まずDNA検査を」
「私は行かない。くだらん話だ。ありえない」
「一緒に行くのよ」
湾岸戦争でスカッドミサイルから避難させた時に
R病院。
院長が、シルバーグ夫妻とアル・ベザズ夫妻を待合室で相互に紹介する。
双方の夫妻を院長室に招き入れ、院長が語り始める。
「91年当時、私はこの病院にいませんでじた。ですが現在の院長である以上、事実をお知らせする義務があります。
重大な過失です。血液型の不一致という件につき、詳細な検査を行いました。その結果ヤシン・アル・ベザズは、Aマイナス、あなた方と同じ」
と言ってオリットを見る。
「あなたとアル・ベザズ夫人は、同じ時に出産し、病室も隣同士でした。つまり結論を申し上げると、可能性として考えられるのは、赤ちゃん2人は、手違いにより、避難の際に取り違えられたのです。DNA検査がそれを裏付けています。写真をお持ちいただきました。写真を見ればより分かりやすいかと。どうぞ」
双方の妻オリットとライラがバッグから写真を取り出し、交換する。
涙ぐむ2人の母親。
「息子さんたちを取り戻したいのであれば」
「冗談じゃない。ヨセフはうちぼ子だ。決まってる」
「この問題については、内務省の管轄となります。お勤めかと」
「いや、国防省勤務だ。早く済ませたい」
「この件はすでに報告済みです。手続きに関する連絡がいきます。選択肢についてもです。お子さんたちの意志も当然、尊重されます。2人ともほぼ18歳ですから」
「耐えられん」と院長室を出るアロン。
続いてライラの夫サイードも退出。
再び院長が口を開く。
「アル・ベザズ夫人、シルバーグ夫人、当病院の職員全員、心からお詫びします」
ラウラの電話にヤシンから大学合格の連絡が
「パリのサンミッシェルの噴水よ。私はフランス生まれ。夫の両親もフランス人だったの」
「フランス語は少し。ヤシンがフランスにいるので」
2人は手を握り合って別れる。
ラウラにヤシンから電話が入り、ヤシンが大学入学試験に合格したと知らされる。
そのことを夫に告げたラウラは泣き、2人は抱き合う。
頑なな父親たち
車の中で、
「サイード、あの子にどう話す?」
「何も話さん。親類、友人、近所に知られたら大変だ。このことは忘れろ」
「忘れろ?土地を奪われたことは『忘れるな』と言うのに。忘れろ?呆れた」
「まるで別の話だ」
シルバーグ夫妻は2人とも寝付けなかった。
妻はもう寝たと思い、アロンはそっと寝室を抜け出し、夜中に車を洗い始める。
「土地を奪った奴らは呪われるがいい!」
タクシーで、空港からパレスチナの入口である検問所(入管?)まで来たヤシンがそこを通過すると、母ライラと兄ビラルが迎えに来ていた。
「おかえり。会いたかった」とライラがヤシンにハグとキスをする。
兄ともハグをする。
運転する兄のビラルが、車の中で言う。
「俺たちの村は今も囲われたままだ。故郷は2つに割かれた。土地を奪った奴らは呪われるがいい!」
「ビラル、やめて」と母が後部座席から制止し、話題を変える。
「ヤシン、世界一美しい街はどうだった?」
「パリは永遠にパリさ」
修理する車の下で泣くヤシンの父
試験に無事合格して帰って来ると、パレスチナの近所の人々が温かく迎えてくれる。
パリの大学の医学部に合格した自慢の息子だ。
帰宅すると父親が車の下に入って、修理している。
「父さん、父さん」とヤシンが呼ぶと、車の下から一旦は出るが、
「すぐ行くよ。修理を済ませる」と言って、またすぐ戻ってしまう。
「家族よりも車が大事!呆れた父親ね」
と母ライラが言う。
だが実は、父親は涙を堪(こら)えていて、車の下に入るや頬を涙で濡らしたのだ。
ヤシンは家に入ると、「世界一の美女」の母ライラにはスカーフ、兄ビラルにはサッカーブラジル代表の半袖シャツ、妹のアミナにはソフィーマルソー人形、とパリの土産を渡した。
そこへ入って来た父とヤシンはハグすると、
「膝の手術をしてもらえるか」
「勉強はこれから。8年後に手術してあげるよ。でも、早く医者へ」
「お前に診てもらうよ。私の姉と亭主は元気か」
「とても」と言って、お互い笑い合う。
ヤシンが父親にも小瓶に入った土産を渡すと、
「これで当分、元気に過ごせる」
どうやら薬のようだ。
兵役免除の通知
キッチンでオリットがアロンに書類を見せる。
「初耳だ」とアロン。
「兵役が取りやめになって…」
ちょうどそこに息子のヨセフが入って来て、
「なぜ? 何のこと?」
父親がヨセフに書類を渡し、ダイニングへ。
父を追ってヨセフもダイニングへ移動し、
「父さんの裏工作?友だちがどう思う?」
「まさか、そんなマネはしない」
母も来て、
「複雑な事情が」
「つまり?」
「オリット」と母親が息子に話すのを止める父。
取り違えられた事情をヨセフに伝えるオリット
だが、喋り始めるオリット。
「91年1月23日、ハイファにスカッドミサイルが。病院は2人の新生児を避難させた。混乱の中で2人は取り違えられた」
「分からない」と言うヨセフ。
「もう黙れ」とオリットに言うアロン。
「私も分からない!」と叫ぶオリットに、アロンは黙る。
「赤ちゃんを取り違えたの」とヨセフに言うオリット。
「つまり?」
「間違ってしまったの。看護師の手違い」
やっと事情を呑み込んだヨセフは、
「じゃ、僕は…、もう1人の子?そうなんだね」
ダイニングを出るヨセフ。
廊下で話を聞いていた妹カレンが言う。
「お兄ちゃん、返すの?」
オリットがヨセフの後を追い、廊下に座って呆然としているヨセフを見つけ、座って言う。
「先方の両親に会った」
「どんな人たち?」
「パレスチナ人よ。西岸地区の。姉を訪ねてハイファへ。予定日より早く産気づいてあなたが生まれたと。ヤシンと同じ日に」
「ヤシン?会ったの?」
「写真だけ」
「僕も彼らに会える?名字は何?」
「アル・ベザズ」
「僕も自爆用ベルトをする」
「何てこと言うの!」
「僕は今もユダヤ人?」
生まれが大事とヨセフに説くラビ
ヨセフは、ユダヤ教の司祭(ラビ)のところへ行く。
「教えにある。『大いなる試練は偉大なる者の証』神は人を愛する。父が子を愛するように」
とラビが言う。
「ラビ、僕は今もユダヤ人?」
「君が心から望むなら」
「割礼やバルミツバの儀式もしてユダヤ人として生きてきました」
「改宗せねばならない段階は3つ。まず割礼。これは済んでる。トーラー(ユダヤ聖典)の受け入れ、君の場合は簡単だな。そして3人のラビによる清めの儀式」
「でもあなたは僕が最も優秀な教え子だと」
「ユダヤ教は単なる信仰ではない。『状態』だよ。生まれに基づく精神的なあり方だ。実母がユダヤ人でないなら君も違う。今はな」
「僕は前と同じです」
「神が改宗を導いてくださる」
「では取り違えられたほうの子は?」
「実母により生まれながらにユダヤ人だ」
「僕よりもユダヤ人だと言うのですか」
「そういうことだ。決まりだ」
「違う。彼はアラブ人だ」
出て行くヨセフ。
「息子たちには知る権利が」
夜、父のギターと、別の人のバイオリンや鼓で友人たちと踊るヤシン。
母のライラやおばあさん、おじさんも踊っている。
そこへ兄が「母さん、電話だよ」と呼ぶ。
ヨセフの母オリットからだ。
「ライラ、遅くに済みません。ヨセフが会いたいと。ヤシンに話ました?」
「いいえ。夫との問題が大きくて」
「誰のせいでもない、運命だと説明して。息子たちには知る権利が。ご主人に話して理解してもらって。よろしくライラ。神のお導きを」
「神のお導きを」
兵役を免除されたヨセフを羨む男友だち
男女2人ずつ4人の若者たちが浜辺に集まり、焚き火をしながら会話をしている。
「将校に言ったんだ。『俺は喘息で吸入器が手放せない』って。でもダメだった」と男友だちのイーアン。
「息で兵役免除にはならない」と女友だちエテル。
「精神病って言えば?」もうひとりの女友だちヨナ。
「父親が大佐なら楽勝なのに」とイーアン。
「国のために戦う仲間を黙って見てるわけ?私は兵役に行くのが誇らしい」
「私はやっぱり回避したい」
「テレビの殺し合いは他人事に過ぎない。自分が人を殺せば、きっと一生苦しむ。父親に感謝しろ。お前は運がいい」とイーアン。
友人は、ヨセフが兵役を外されたのを、ヨセフの父親にの力で兵役を免除されたと誤解している。
この場を独り立ち去ったヨセフは、クラブで踊りまくる。
ヨセフの父は勤務先でじっと考え込んでいる。
オリットがヤシンに会いたがるが反対する父サイード
キッチンで食器を拭く母と台所仕事を手伝う父サイード。
「何の用だ?」
「誰が?」
「あの女だ。とぼけるな!」
「ヤシンに会いたいって」
「ダメだ! 絶対に! 決めただろ?」と声を荒げるサイード。
「あなたが一方的に!秘密にしろと?」
廊下ではパリ土産の葉巻を吸っているヤシンと兄が、両親の喧嘩を聞いていた。
「ヤシンの人生よ。隠しても分かる!」
「何事?」と兄のビラル。
「秘密って? 電話は誰から?」とヤシン。
「なぜ僕に会いたいと?」と続けて聞く。
「結婚させるのか」とビラル。
黙り込んだ両親だが、説明をしたのだろう、ビラルがサッカーシャツを脱ぎ捨て、出て行く。
母がヤシンの頭に手をやって引き寄せ、言う。
「もし会いたいなら、オリットが招待するって。テルアビブよ」
母の膝で泣くヤシン。
兵士がヤシンの顔を見て「そっくりだな」
ヤシンと妹、両親が乗った車がイスラエル国境に来ると、兵士がパスポートをチェックする。
後部座席に座るヤシンをじっと見た兵士が、「そっくりだな」。
別の兵士が、「書類を確認したか?問題?通してやれ。行って」
ヤシンたちが来る前、落ち着かないオリット
「アロン、手伝って」とオリットが、夫に言うと、夫が食卓に来て食器をちょっと移動するだけで、つまみ食いをする。
それを見たオリットは「何もしなくていい!」と怒る。
気が立っているのだ。
「ほらな」
シルバーグ宅前に来たヤシンと妹、母は車から降りるが、父サイードは降りようとしない。
家の窓からはヨセフがその様子をじっと見ている。
やっとサイードが降りて来て、「行こう」と言い、家の玄関へ。
ドアには、シルバーグ(SILBERG)という表札だ。
お互い「ボンジュール」とフランス語で挨拶を交わす。
「ようこそ」とヨセフも出迎える。
ヤシンの母がヨセフを見て微笑む。
オリットがヤシンに話しかけて
ヨセフの妹が、ヤシンに歩み寄り、フランス語で「新しいお兄ちゃん?」と話しかける。
「フランス人?」
「イスラエル人よ。ママはフランス人。家ではフランス語よ」
ヤシンの妹はソファの傍に人形を見つけ、
「ソフィーの妹よ」
それに気づいたヨセフの妹は、ヤシンも妹の手を引いて連れて行く。
「大学試験に合格したの?」
「はい」
「とても良い成績で」とヤシンの母が付け加える。
「勉強を続けるの?」
「9月に医学部へ」
「パリの家は?」
「ベルヴィルです。伯母の家に。知ってます?」
「ええ」
ライラが「フィラズに生写しね」
今度はヤシンの母ライラがヨセフに話しかける。
「将来の夢は?」
「ミュージシャン」
「ほんと?」
「夫も大賛成よ」とオリット。
「サイード、ヨセフはミュージシャン。あなたの血ね」
実の父サイードを見て微笑むヨセフ。
オリットがアルバムを持って来て、ヤシンの母親に見せる。
「7歳のヨセフ。私の弟の結婚式。300人の前で歌いたがったの」
「ウソみたい。サイード、フィラズにそっくりだわ。生写しね。ビラルには似てない」
ラウラは、ビラルは長男だと説明する。
「今日は来られなくて。フィラズは三男、亡くなったの」
ヤシンとヨセフの会話「憎しみは感じない」
「タバコ吸っても?」とヨセフがタバコを吸う動作とともに父に許可を求め、了承されると、ヤシンもついて行く。
「知った時の気分は?」とヨセフがヤシンに尋ねる。
「君と同じさ、多分。必死に理解しようとしたよ。負けないように」
「ビラルは何て?」
「お前は弟じゃない、と」
「だからこなかった?うちが嫌なのかな。憎んでる?」
「パレスチナ人と知ってどう?憎しみは?」
「全然感じない」
「今までも?」
「一度も。君は?」
「パリに住んでるから。…彼女いる?」
「いない」
「君は?」
「なかなか見つからない」
「戦争ではない。民族の抹殺だ」とサイード
「いつも勉強ばかり。少し気楽にと言うほどよ」
「ヨセフはアーティスト、夢想家なの」
それを聞いたヨセフの父アロンが言う。
「そう。兵士じゃない。幸い兵役に行かない」
「なぜ幸いと? アラブ人だから?」とサイード。
「私が言いたいのは、息子の無事を3年間も祈るのは、辛いからだ」
「我々も息子たちの無事を祈る」
「祈るより、息子を戦争に送るな」
サイードは笑ってから、
「戦争…。戦争ではない。民族の抹殺だ」
「サイード」と妻が心配して口を挟む。
「真実だよ」
「抹殺者はあなた方の指導者だろ。」
「我々は占領されている」
「聞き飽きた」
「占領で苦しんでいる、長い年月」
「しつこいぞ」
「人種隔離だ」
「人種隔離だと?人種隔離はどこの制度だ?イスラエルじゃない、くだらん」
「我々には命の問題だ」
「やめてよ、黙って!」
見かねたオリットが口論をやめさせる。
「占領者との一夜は楽しかったか?」
玄関先の道路で縦笛を吹くビラル。
そこへ家族4人が車で帰宅し、家に入ろうとする家族に向かって、
「占領者との一夜は楽しかったか?」とビラルが嫌みを言う。
眠るため「おばあちゃんの家へ」とヨセフ
両親の寝室のドアを開け、ヨセフが言う。
「おばあちゃんの家へ」
「何しに?」
「眠るため」
「うちで眠れない?」
ドアを閉めてヨセフが出て行くと、オリットは夫を責める。
「黙ってる気ね?」
夫は黙っている。
病院で一目惚れした女性に再会、強引にキスして嫌われる
ヨセフが街中を歩いていると、オープンカフェにいた1人のきれいな女性が立って、「ヨセフ!」と声をかけた。
ヨセフは無視して通り過ぎるが、女性が追って来た。
病院で会って一目惚れしたリサだ。
「着いて来たのか。今は困るんだ」
「悲しい歌を歌えばスッキリする。私は成功したわ」
「1人になりたいんだ」
「元気づけたいの」
「じゃあやれよ」と彼女を抱き寄せ、強引にキスするヨセフ。
「いや、やめて」
離れようとするリサ。
ヨセフは「ごめん」というがリサは立ち去る。
「悪かった」と呟くがリサはすでに遠くへ歩き去っている。
「向こうで暮らせ。ユダヤ人めが。早くでていけ!」とビラル
ヤシンが寝ているベッドの傍にビラルがいて、ヤシンが目を覚ますと、ビラルが言った。
「向こうで暮らせ。家があるんだろ?答えろ!ユダヤ人めが。早くでていけ!」
「どう生きるかは自分で決める」
「お前は他人の子だ。いずれ向こう側へ行く。お前の居場所だろ」
「ビラル、不安なんだろ。でも僕はなんも変わらない。僕たちの夢も。8年後パレスチナに病院を建てよう」
「フィラズのためか。弟でも何でもないぞ。あいつや俺のことなど忘れるだろ」
薄ら涙を滲ませヤシンはビラルを見つめた後、兄とは反対側を向いて横になる。
ヨセフの頬にキスするオリット
ヨセフとオリットが外の階段に座り、タバコを吸っている。
「インドの赤ん坊はカレーの匂いだって。喫煙者の赤ん坊はニコチンの臭い?」
「体の小さい子が多い。産んだのにキスもできなかった赤ん坊…キスしたくない?」
思わず声を出して笑うオリット。
「したいわ」と言ってオリットはヨセフの頬にキスをする。
ヨセフからヤシンに電話
ヤシンはママゴト遊びをする妹のところに来て、
「調子どう?」
「いいわ。お茶は?」と言われて出されたコップで飲むフリをする。
台所でヤシンの母ラウラは食事の支度だ。
「物価が高すぎる。トマトは宝石並み」
居間でテレビを見ていたビラルは、テーブルの上の母親の鞄に入っているヨセフの写真に気付いて、手に取る。
そこに電話が鳴る。
「ビラル、電話よ。出てちょうだい。忙しいのよ」
ビラルはヤシンを呼んで、「お前にだ」と言う。
ヤシンが電話に出ると、ヨセフからだった。
「なんだい? どうかな。多分ね」
ヨセフに呼ばれたヤシンはイスラエルへ
ヤシンがイスラエルに入ろうとすると、兵士から「名前を変えないのか。ヘブライ語を学べ」と言われる。
ビラルが友人のところへ行くと、「ヤシンは?」と聞かれ、「うるさい、知るか!」と悪態をつく。
友人に当たってしまうビラルだった。
「ラマラにいる親類は、通行証がないから2度と海を見られない」
浜辺でアイスクリームを売り歩くヨセフに近寄って行くヤシン。
「笑顔を見せろよ。客の顔を見て」
「待ってろ、すぐ済む」
「なぜ? 僕も手伝うよ」
「ほんと?」とアイスクリームの入ったバッグをヤシンに渡すヨセフ。
すると早速、女性が買ってくれた。
「どうだ?」
「やるな」
笑顔ですぐまた売った。
「やるな」と感心するヨセフは言う。
「僕の1日分より売れた」
隅っこでおカネを数えるヨセフの横でアイスキャンディを食べながらヤシンが言う。
「肌を焼くだけ。暇な連中だな」
「皮膚癌になって大騒ぎさ」
ヨセフがヤシンに「君の取り分だ」と言ってカネを渡そうとするが、ヤシンは受け取らない。
「売ってくれたろ。受け取れ。搾取は嫌だ」
で、「メルシー」と受け取るヤシン。
「ラマラにいる親類は、通行証がないから2度と海を見られない。悲しいよ」
「学校で新しいお兄ちゃんの話をした」とカレン
シルバーグ家の食卓。
「学校で新しいお兄ちゃんの話を」とヨセフの妹カレンが両親に言うと、
「そうか、みんな何て? 名前も教えたのか?」と父が聞いた。
「まつ毛が長くてハンサム。一度だけ会ったと。みんな『兄貴なんか最低よ』って。ヨセフは、いつもいない」
ヤシンに「母さんがうちに来てくれって」と伝えるヨセフ
ヨセフとヤシンが並んで歩いている。
帰りの乗り合いマイクロバスの停留所に、ヨセフがヤシンを送って来たのだ。
「母さんがうちに来てくれって」
「近いうちに」
「ヤシンが3番めの子どものように思えても、あなたは私の息子よ」
帰宅してベッドに横たわるヨセフ。
ノックして母が入って来る。
「彼に会った?」
ヨセフは頷いて、「うちに来いと伝えたよ。だから起きてたの?」
「いいえ」
「ライラがハイファで産まなければ、僕が向こうで暮らしてた。母さんと父さんには、僕は他人のはずだった」
「私たちはあなたを心から愛しているわ。たとえヤシンが3番めの子どものように思えても…あなたは私の息子よ」
とヨセフの傍で抱きしめて頬にキスする母オリットだった。
アロンが通行証を出し、お礼に訪ねて来たサイードをカフェに誘うがお互い無言
「大佐殿、アラブ人が会いに」と部下から言われ、
「それで?」と答えるアロン。
「もう帰りましたが、申請されてに通行証が交付されたのは、大佐殿の手配だと思ったようです。感謝してました」
「今どこに?」
「もういないかと」
外に急いで出る大佐。
追いかけると、ヤシンの父だった。
「コーヒーでも?」とアロンはサイードをカフェに誘う。
だが、カフェのテーブルについても、2人とも落ち着かない。
2人とも言葉が出ず、ただ沈黙が続くのだった。
「ヤシンは弟ではない、敵だ」と言うビラルに母は…
母親の買い物に付き添って帰宅したビラル。
「おはよう」とヤシンが起きて来る。
黙って台所から居間に移るビラル。
ヤシンは母親にそっとおカネを渡す。
「どうしたの?」
「アイスを売った。ビラルには内緒だよ」と言って母の頬にキスするヤシン。
母親はそのおカネを冷蔵庫の上の食器の下に隠す。
母親はビラルのところに行き、
「幼い頃を覚えてる?いつもお菓子の半分を戸棚へ。休暇で帰るヤシンにあげるって。でもお菓子はすぐカビだらけ。『弟と半分ずつ』が口癖だったわ。忘れたの?」
「あいつは敵だ」
「ビラル、ヤシンは弟よ」
「死んだフィラズが弟だ」
「心を開きなさい。広い心のはず」と母ラウラは右手のひらをそっとビラルの頬に当てる。
アイスクリーム売りのバイトをイスラエルでするヤシン
ヨセフが浜辺で一休みしていると、「アイスクリーム」という声とともに、ヤシンが向こうから歩いて来た。
「どうやって検問を?」
「1ヶ月の許可証がある。お父さんは何も?イスラエルの旅券も申請できる。通行証が要るのは君かもな」とヤシンは冗談を言って笑う。
「嫌がらせ?」
「まさか、アイスを売るんだ」
「ピスタチオある? いくら?」
「14シェケルだけど、美人だから10シェケル」
女性が去ってから、脈なしだ、仕方ないとヤシンはヨセフに言って笑う。
その時、海の方から口笛が。友人だ。
「やばい」と焦るヨセフに、
「紹介してくれ」というヤシン。
「うまくやれ」
「ヨセフ、俺たちを無視する気か」とヨセフの男友だちイーアン。
「パリの従弟、ダニエル。フランス語と英語だけだ」
今の会話をフランス語でヤシンに説明するヨセフ。
「パリでも薄着なのか」
「服には無関心。医者志望だ」とヨセフ。
「今夜、ガドの誕生パーティーに?」と女友だちのヨナがフランス語で聞く。
「フランス語を?」
肯く彼女。
「よし行こう。パーティー行くだろ?」
「いいよ」
「じゃ、仕事を続けるよ」
「彼、恋人いる?」とヨナがヨセフに聞く。
「なぜ?」とヨセフ。
「狙ってるぞ」とイーアン。
2人が去ってから、男友だちが「従弟はウソだ」と2人の女友だちリサとヨナに言う。
「じゃあ何?」
「さあな、彼氏か?」
「冗談でしょ」
「じゃあなぜウソを?」
アイスクリーム売りの1日の稼ぎは「父親の1ヶ月の稼ぎ」
「オヤジの1ヶ月の稼ぎだ。技術者なんだ」
「車の修理工かと」
「違う、技術者なんだ。村の外で働くことが許されない」
「僕もクラブと服だけの生き方をしてたかも」
「ダサい服じゃ、ヨナに笑われちまうぞ」
「彼女はヨナ?好きなのか?」
「いや。好きな子がいたけど失敗した。ヨナは違う」
「見ろよ、イサクとイシュマエル。アブラハムの2人の息子」
ヤシンの手を思わず握るオリット
自転車でヨセフの母が帰ると、ヤシンが玄関で待っていた。
自転車を倒してしまい、カゴの果物がこぼれ落ちる。
ヤシンが果物を拾った手を思わず握る母オリット。
そこへヨセフが来て、バツが悪そうなオリット。
「時間がない。行こう」
「どこへ?」
「友だちのパーティーへ」
自転車に2人乗りして去って行くが、後ろの席にすわったヤシンは母親をずっと見ている。
「お父さんには君だ。君しかいない」
シルバーグ夫妻は、毎週火曜日、夫婦で映画を観る日と決めていた。
妻がすでに来て観ているが、夫がまだ来ない。
妻が席を立って外へ。
ヤシンとヨセフが語り合っている。
「自分の最大の敵は自分だという」とヤシン。
「『最大の敵』と大麻を吸ってても」とヨセフ。
「僕にも」ヤシンが大麻を求める。
「『ユダヤ人の自分』が大事だった。今は意味を失った。ユダヤ人でもアラブ人でもない。僕はなんだ?」とヨセフが言えば、
「どこかの原住民」とヤシンが返す。
「君は何になりたい?」とヨセフがヤシンに聞く。
「ジェームズ・ボンド」とヤシンが答えると、
「君が息子なら父さんは喜んだ」とヨセフ。
「お父さんには君だ。君しかいない」とヤシンは言う。
祖母を弔うため教会に向かうがラビを見て躊躇するヨセフ
ユダヤ教の教会に家族で来たが、ラビが自分を見る目が嫌でヨセフは帰ろうとする。
「どこ行くの?」と妹。
「ラビは気にしないで。おばあちゃんに祈るの」と母。
「会堂に入らなくても弔(とむら)えるよ」
「ヨセフ、ここで揉め事はよせ」
「それしか言えないの?」とオリットが夫のアロンに言う。
「父さんが正しい。揉め事はよそう」とヨセフ。
夫を不満げに見る妻。
ヨセフが家を訪ねると「お前は俺たちの仲間アラブ人だ」とビラル
ヨセフは、
「なぜ占領地区へ?」と兵士から聞かれるが答えずパレスチナに入って行く。
遊んでいる子どもたちや、「アル・ベザズ?」と聞きながら、訪ねようとする。
近くまで来ると子どもは去ってしまい、イスを並べておしゃべりしているおばあちゃんたちに、言葉が通じないので、「サイード、ライラ」と尋ねる。
すると1人のおばちゃんが後方を指差して何か言うがヨセフには何を言っているのか分からない。
英語で「分からない」と答えると、そのおばあちゃんが手を引いて連れて行ってくれた。
「ライラ」と呼ぶと、ライラが出て来た。
「元気?」
「はい」
「入って」
さっきのおばちゃんが、屋上で縦笛を吹いていた兄に聞く。
「彼は誰?」
「パリの従弟だ」
「パリ、素敵ね」
家の中で兄と対面したヨセフ。
「お前は俺たちの仲間アラブ人だ」
「言葉が分からない」
〈俺の名はユセフ〉(アラビア語)
「言え」
〈俺の名はユセフ〉(アラビア語)
言われたとおり言うヨセフ。
「こう言え」
〈パレスチナのアラブ人だ〉(アラビア語)
「その意味は分かったよ。もう一度」
「…アラブ人」
〈パレスチナの〉
ライラが夫を連れて帰って来たが、途中夫がライラに言う。
「何しに来た?」
「会いたかったのよ。当然だわ。親切にして」
「近所に知れる」
「姉の息子だって言ってあるわ」
「ヤシンはどこだ」
「あっちに」
「あっちってどこだ」
「テルアビブよ」
ヨセフが歌い出し、父は弦楽器を弾き、皆で歌う
着替えて食卓につく父サイード。
ビラルもテーブルに。
父母、兄、妹、ヨセフの5人が食卓に集まった。
「今日は何のお祝い?」とビラル。
「いいから座って」と母は言い、皿に料理を盛る。
「もういいです」とヨセフが、たくさん盛り付けようとするライラの手を止めようとすると、ビラルが言う。
「お前のために作ったんだ、食べろ」
「美味しい」とヨセフが言うと、ライラが嬉しそうに「ありがとう」と応える。
「うちに来ること、ご両親に話した?」
とライラに聞かれ首を横に振るヨセフ。
ライラは立ち上がってダイニングを出て、オリットに電話する。
「ヨセフがうちに。うちを見つけて1人で来たのよ」
ヨセフが突然、歌を歌い始める。
パレスチナの歌だろう。
妹が琵琶のような楽器を持って父親に渡す。
母も兄も一緒に歌い出す。
ビラルがヨセフに「向こう側に行きたい」
兄がヨセフを部屋に案内する。
「俺とヤシンの部屋だ」
壁の写真に気づき、「フィラズかい?」
「ヤシンに聞いたか」
「アイデンティティを取り戻すか」
「アイデンティティには育った環境も大事だよ」
小さく頷いた兄は、ヨセフに言う。
「向こう側に行きたい」
「テルアビブ?」
「そうだ。招いてくれるか」
「もちろん。兄弟だろ。父さんが通行証を」
車で妻オリットとパレスチナの境界に来たアロンが、パレスチナに1人で歩いて入って行く。
「ありがとう」とアロンがアラビア語で、「いいえ」とビラルがヘブライ語で
一方でビラルの運転でヨセフを乗せた車が、境界に向かっていた。
「あ、父さんだ」とヨセフが父に気づく。
「ごめんなさい」と謝るヨセフを引き寄せてアロンはヨセフをハグする。
「お前は私の息子だ。これから先、永久に。何があろうと」
「好きだよ、父さん」
その光景をじっと見ているビラルが、車から降りて大佐のところまで来る。
緊張の一瞬。
するとビラルが握手を求めて手を前に差し出した。
2人は握手し、3人はビラルの車に乗る。
「ありがとう」とアロンがアラビア語で言うと、「いいえ」とビラルがヘブライ語で返す。
「またな、ビラル。約束は忘れない」とヨセフが別れ際に言う。
境界を越える2人を見送るビラル。
アロンの車に乗ったヨセフは考え事をしているようだったが、口を開いた。
「みんなで歌ったんだ」
「そうか、すごいな。何よりだ」
浜辺で悪い連中にからまれナイフで刺されたヨセフ
「通行証の申請は2週間で2度めです。申請、承認。ビラル・アル•ベザズ…」
笑う部下の女。
「『被保護者』ですか?向こう側のご家族ができたそうですね」
「座れと言ったか」
「いいえ」
ヤシンと兄ビラルが一緒に境界を超え、テルアビブに入り、ヨセフと会う。
ビラルは街を見て、「金持ちの街だな」と言う。
「じゃあ僕は仕事をしてくる」とヤシンは言う。
「仕事って?」
「アイスを売る」
ヨセフと2人になったビラルが言う。
「結局、いつも同じ問題だ。俺たちの居場所」
ヨセフとビラルが浜辺に着いて歩いていると、たむろしていた数人の男たち1人からタバコをねだられる。
ヨセフがタバコをポケットから出すと、男は丸ごと取ろうとして揉み合いに。
他の男たちも加わって乱闘となり、ヨセフはナイフで刺されてしまう。
砂場で稼いだカネを数えていたヤシンもその気配に気付いて駆け寄る。
「ヨセフ、しっかりしろ」と言い、近くに来た人に「助けを呼んで」と叫ぶ。
病院に運ばれたヨセフは、治療を受け、命に別状はなかった。
ベッドに横たわりながら、ヨセフがビラルに言う。
「死んだらユダヤ式の埋葬? アラブ式?」
「バカを言うな。いかれたか。生きてるんだ、神に感謝しろ」
ヤシンがやって来て、ベッドに座り、
「大丈夫か?」
「楽になった」
「ご両親が来るよ」とヤシンが言うと、ヨセフは、
「僕の両親?どっちの?」
笑う3人。
ヤシンが好きだった場所で遠くを眺めるヨセフ
「僕は君の人生を歩めたかもしれない。でも僕は思う。歩み始めたこの人生を君のためにも成功してみせる。僕の人生を歩む君も同じだ。必ず成功しろよ」
ヤシンの声だ。
廃ビルの上から街並みを眺めているのは、ヨセフだ。
ヤシンが好きだった場所だ。