山奥で鹿を仕留めた少年に「これでお前も男だ」
「これでお前は男だ」と父親のベンがボウに言う。
山奥の森の中、全身を黒く塗った青年が茂みの中から鹿を狙い、ナイフで首を切って仕留める。
4人の少女と2人の少年、それに続いて父親らしきおじさんが現れる。
皆全身を黒く塗っている。
「今日、少年は死んだ。これでお前は…」と言って、鹿の心臓を抉り出し、その血を手に付け、息子らしき青年の額から鼻筋にかけてそれを塗る。
そして言う。
「男だ」
青年は心臓を受け取り、喰いちぎる。
少年少女たちはその光景をずっと見つめている。
その後、内臓を取って深い森の中を鹿を家まで運び、木に吊るす。
サージはビーバーをサバいていた!
「60秒後に訓練だ」と父親が言う。
子どもたちは「水やり当番」とか、役割分担しているようだ。
2人の少女が、鹿を捌くが、骨取りナイフがないことに気づく。
「パパ!サージがまたナイフを取った!」
父親が3女サージのいる高架式の小屋に登ると、彼女はヤマビーバーをサバいており、動物の骨や鳥の羽根を貼っている壁には、ポルポトの写真の切り抜きも貼られている。
父親も驚いて思わず、
「ジーザス!」
と呟くのだった。
「戦え。油断するな。刺して殺せ」
円陣を組んで瞑想
訓練が始まる。
皆輪になって瞑想する。
次は、格闘技の鍛錬だ。
長男のボウは父親との格闘ではまだ歯が立たない。
ボウの次は、ヴェスパーとキーラー。
長女と次女だ。
「戦え。油断するな。刺して殺せ」
と物騒なことを言う。
「狙うのは肝臓か腎臓だ」
「ここを狙えば? 肺を刺せば気胸になる」とサージが言う。
「それか心臓を刺せば、即死する」と続ける。
「心臓を狙いたければそうしろ」と父親が答える。
サージと四女ナイの訓練は長男のボウがみている。
「『量子のもつれ』は理解できたか?プランク長とプランク時間は?」
読書の後は、音楽の時間だ。
夜は読書の時間だ。
ボウは「カラマーゾフの兄弟」、キーラーは「銃・病原菌・鉄」、ヴェスパーは「宇宙を織りなすもの」、サージはお気に入りのガスマスクをつけながら「ミドルマーチ」を読んでいる。
サージに父親が聞く。
「何ページ目だ?」
「398ページ」
面白いかの問いに「うん」と肯くサージ。
「テストをするから8日以内に読み終えろ」
次はヴェスパーだ。
「宇宙は『ひも』でできているか、の章まで」
「『量子のもつれ』は理解できたか?プランク長とプランク時間は?」
「大丈夫よ」
「そうか、では明日、エム理論について物理学者の説とともに発表しろ」
父親はギターを持って来て演奏を始める。
ボウもギターを弾く。
鼓とタンバリンをサージが姉たちに渡し、ヴェスパーがタンバリン、キーラーが鼓を打つ。
サージはバチのようなものを持ち叩く。
ナイはハーモニカを吹き始める。
するとレリアンが突然、イスにしていた箱を叩き始める。
そのリズムを受けて、皆は演奏をし、奇声を上げ、踊る。
3ヶ月半前、妻であり母のレスリーが入院
山道を走ったり、格闘術、ヨガ、肉体トレーニングなどが日課だ。
山道を走り終えると、皆は荷物を持って歩いている。
「後で『スティーブ』で授業に?」
スティーブとはキャッシュ家が所有している中古バスの名だ。
「かもな」
「ママ、ずっと帰って来ないね」とナイ。
「ずっとかな」
「いなくなって3ヶ月2週6日と11時間だわ」とキーラーが言う。
「病気なんだ」とボウが言う。
「ウソつかないで」とキーラー。
「ウソじゃない。入院してる」
「病院は『健康なのに死にたい人用』と」とヴェスパー。
「『アメリカ人は無学で薬漬け』って」と言うのはサージ。
「『米国医師会は強欲で製薬会社とグル』よね?」とキーラー。
「全部そのとおりだが、ママには神経伝達物質のセロトニンが足りない」
「いつママは戻るの?」ろ聞くのはレリアン、次男だ。
「確認して来る。いい子でな」とベン。
皆で荷物を運んでいたのはバスのスティーブまでだったのだ。
作ったモノをたまに街に運び現金を得る。
トロツキストではなくトロツキー主義者
父親と長男を乗せたバスの「スティーブ」は道を下って走る。
バスの中には家族の写真、棚には書籍が並ぶ。
街に着くと、荷物を店に運ぶが、入り口で若い女の子たちとぶつかりそうになったボウは、黙って立ち止ってドギマギする。
異性に免疫がないのだ。
それを見た父親が「話して来ていいぞ」と言うが、ボウは、
「労働者階級による暴力革命について意見を聞く?」と真顔で言う。
「マルクス主義者も大量虐殺を」
「階級闘争に賛成するか聞こうか?」
「自分がトロツキストだと言うなよ」
「トロツキー主義者だ。トロッキストと呼ぶのはスターリン主義者だし、僕は毛沢東主義」
「そうか、忘れてた、すまん」
店主が店から出て来る。
「前回のは売り切れた」と言っておカネを渡す。
家族でバスまで運んだモノはこの店で売ってもらって現金を稼ぐための家族が作った商品だったのだ。
名門IVY LEAGUE大学合格の通知
ボウは、郵便物を見ている。
名門ブラウン大学の合格通知だ。
名門プリンストン大学の合格通知も手にしている。
父ベンは電話をかけている。
「彼女の具合は?」
妹のすすり泣く声を聞いたベンは、
「ハーパー、どうした?」
「ゆうべ自殺したの」
ショックを受けながら「どうやって?」と尋ねるベン。
「ハーパー、ハーパー、教えてくれ」
「手首を切った」
「お兄ちゃん、何でも力に…」
妹のハーパーが話し中なのに電話を切ってしまうベン。
自殺した「ママなんか大嫌いだ!」
滝に打たれるベン。
ベンは子どもたちに母親の死を告げる。
「昨日、ママが自殺した。遂にな。ママは死んだ」
泣いて悲しむ子どもたち。
「何も変わらない。今までどおり生活するだけだ。俺たちは家族だ」
次男が突然、叫び声を上げ、鞘からナイフを抜き、父親の前に立つ。
悲しみと怒りをこらえ、柱のところへ移動すると、柱にナイフを何度も刺した。
「ママ、ふざけんな、クソ!ママ、ママ!大嫌いだ!クソ!」
ベンは、ナイを抱き上げる。
妻の遺言状に「なんて内容だ…}とベン
ベンは封を切って書類を見る。
妻の遺言状だ。
「なんて内容だ…」
バグパイプを吹くベン。
その後はまた訓練だ。
山の中を走り、スクワットをする。
鍛錬の最中に長男が聞く。
「母さんのお葬式はいつ?」
「君のせいで娘は…」と義父から責められるベン
義父からは「君のせいだ」と責められるベン
店で電話するベン。
「君のせいで娘の人生は不安定に…」と義父のジャックがベンを責める。
「2人で決めた人生です」
「すべて君のせいだ」
「妻は病気でした。あなたがそばの病院なら入院費を払うと言うから、そうしたんです。妻が仏教徒だったのはご存知ですよね?遺書で火葬を望んでいました。彼女は…」
「一人娘を失った。君と葬儀の詳細を話す気にはなれん。来るな。君は招かれざる客だ。来れば警察に逮捕させる」
ベンは反論しようとするが義父はそれを許さずまくしたてる。
電話が切れたと思ったら、義母アビゲイルに変わった。
「レスリーは天国に行ったわ」
「お葬式はいつです?」
「5日後にニューメキシコのうちの教会で。子どもたちは?」
「ジャックが来るなと」
「数年ぶりね」
「行けば俺を逮捕させると言ってました」
「動転してるのよ。主人の言うとおりに」と義母は言うや否や電話を切ってしまった。
「母さんはそんな世界を嫌っていた」
家族が食事のため外のテーブルを囲んでいる時、
「彼らが決めるのはおかしい。勝手に権利があると思い込んでいる。母さんはそんな世界を嫌っていた」とボウが言う。
そこへナイが素っ裸で家から出て来る。
「食べる時は服を着て、よろしく」と父親ベンが注意する。
「完全に不当だ」
「私たちが抵抗するしかない」と長女のヴェスパー。
「個性は消せるか?」とベン。
子どもたちは「ノー」と口をそろえる。
服を着て出てきたナイが、言う。
「おばあちゃんたちの仲間はファシスト資本主義だ」
「パパの受け売り?」とキーラー。
「全部書き留めてるよ。頭の中にね」とナイ。
「ファシストを何だと?」とキーラー。
「暴力的な国家主義者。大企業に支援される一党独裁の全体主義」
もう反論できないキーラー。
「お葬式には行かなきゃ」とヴェスパーが言うと、キーラーが、
「でも、ダメって…。パパが逮捕されたら?一緒に暮らせなくなる?」
「任務、ママを救え!」
焚き火の側で眠るベンに、
「ねえ、起きて、クマさん。夢見たいな、あなた。」
妻のレスリーだ。
「ここの生活は特別よ。子どもたちも。私の代わりにあの子たちをお願い。みんな愛してる。愛してるわ」
夢だったようだ。
目が覚めて家の外に出ると、子どもたちが待機していた。
「ママには会いたい」とナイ。
「おじいちゃんが何?」とサージ。
「ママに敬意を」キーラー。
「せめてね…」とレリアンがそう言うと、父は、
「どう言う意味だ?」
「分かるだろ?」とレリアン。
「分からん」とベン。
「じゃあいい。俺は分かってる」とレリアン。
「準備した」とヴェスパー。
「ダメだ。危険だ」
「言葉より行動でしょ?」とキーラー。
「任務を」とヴェスパー。
「任務、ママを救え!」とナイ。
ロッククライミングの教訓
滑落したレリアンに「静かに頭を使って自分の目で見てプランしろ」とベン
今日の訓練はロッククライミングだ。
途中、レリアンが落ちる。
「S-T-O-P」と父が言う。
静かに頭を使って自分の目で見てプランしろ、という意味の略語だ。
「岩に落ちたら鈍器損傷で死ぬよ。それか骨折による内出血か、大腸の脾湾曲部損傷とか」とサージが言う。
「十分だ、サージ」とベン。
「手をケガした」とレリアンが言うと、ベンは、「助けは来ない。自分で何とかするしかないんだ」
そう言われたレリアンは足で岩を蹴って、手で掴める箇所に手をかける。
「じゃあ行くぞ」
登り終えたが、雷が轟き、雨が降る中、濡れて震える子どもたちと父。
「スティーブで授業だ。来い」と父が言う。
「人類史上、民主主義は、社会正義への希望なのです」
「葬式には行けない。従うしかない」とベン。
バスの中だ。子どもたちも皆、乗っている。
「勝てない戦いもある。強者が弱者を支配するんだ。それがこの世の中。不当で不公平だ。残念だが仕方ない。黙って受け入れろ。糞食らえだな」
ベンはスイッチを入れ、バグパイプの音楽を流す。
「戦闘開始だ!」
子どもたちが沸き立ち、雄叫びをあげる。
「ママ、ママ、ママ!」
皆を乗せたバスは山を下って、街中へ入る。
父親のベンがマイクをとってガイドをする。
「ご注目を。キャプテンです。『アメリカの本質はビジネスだ』クーリッジの名言どおりです。人類史上、民主主義は、社会正義への希望なのです」
窓の外には、「移民か侵略か」の看板が見える。
「なのに市民は社会活動として買い物ばかりしています」
巨大スーパーが見える。
「ショッピング! お買い得だ!」
「レイプって?性交って?なんで男性が膣に?」の質問に答える父
山を下りて2,500キロ先の葬儀場へ
「ボーデロって?」
本を読んでいたキーラーが聞く。
「売春宿だ。本か?」
「『ロリータ』?読めと言ったか?」
「先へ進んだ」
「それで?」
「興味深い」
「インタレスティングは、禁止用語だ」
「パパ、興味深いって!」
「『興味深い』は無意味だ。使うな。具体的に」
「モヤモヤする」
「詳しく」
「読ませて」
「先に今までの考察を」
「あるおじさんが少女を好きになって…」
「あらすじはいい」
少し逡巡した後、キーラーは言う。
「物語は男の視点で書かれている。だから読者は、不思議と彼に共感しちゃうけど、彼は少女に性的暴行を。でも彼女への愛情は純粋なの。ただ、そう思わされても、やっぱり間違ってる。歳いった男が少女をレイプしてるんだもの。だから、男のことが…憎いわ。同時にかわいそうにも思える」
肯き、「いい考察だ」と論評する父。
「レイプって?」とそのやりとりを聞いていたナイが質問する。
バックミラー越しにナイをチラリと見てから、ベンは言う。
「大抵は男が女性に性交を強要することだ」
「おお」と悲しげにナイ。
「腹減ったか?」とベン。話を変えようとしたのだろうが、ナイはくいさがる。
「今言ってた『性交』って何?」
「男性がペニスを膣に入れることだ。みんな鹿を見逃すな」
さらに好奇心旺盛なナイは食い下がる。
「なんで男性がペニスを膣に入れるの?」
「男も女も気持ちいいからだ。男の精子と女の卵子が結合すると赤ん坊ができる」
「膣ってオシッコが出る場所?」
次女が運転する父親の後ろの席で苦笑いをしている。
ベンは真面目に答える。
「オシッコが出るのは大陰唇内部にある尿道口だ。だが大きく見れば膣のあたりだ」
ベンは皆に言う。
「どんな動物でもいい。探せ」
「みんな変、太り過ぎ。カバみたい」
銀行でベンが現金を下ろしている間、待っていた子どもたちはそこにいる人々をじっと見ていた。
サージが言う。
「みんな変」
「病気なの?」とキーラーも言う。
「なぜ?」と問う父にナイが言う。
「太り過ぎてる」
「ああ、まあな」
「カバみたい」とナイ。
「それ失礼」とサージがナイに言うと、
「でも見て」
「思っても口にしちゃダメ」とキーラー。
「だよね?」
「そうだ。バカにするな」
「キリスト教徒以外は」とヴェスパー。
不審に思ってバスに入って来た警官にボウが機転をきかす
再びバスの旅は続く。
パトカーがサイレンを鳴らしてバスに近寄って来た。
バスを路肩に止めるベン。
「いいか、これこそ初の本物のテストだ。落ち着いて、訓練どおりに」
警官がドアの前に来たのでベンがドアを開けると、「おはよう、調子はどう?」と聞いて来たのでベンは、「どうも」と答える。
「免許と登録証を」
「もちろん」
「いい車だ」と言って入って来た警官に、免許と登録証を渡すと、警官が言う。
「左のテールライトが切れている」
「すみませんでした。知らなかった」
「すぐ戻る」と言って車内を見た警官は、中に子どもたちばかりが6人も乗っているのに気づいて、驚く。
「学校は?」
「休みです」
怪しんだ警官は中に入って来る。
すると長男ボウが突然立って、警官に語り始めた。
「人は罪により神から離れた。十字架のイエス様からの賜物を受け入れることで神と和解できる」
驚きの表情を浮かべる警官に、ボウは言う。
「在宅教育です。お父様、続けても?」
「よろしい」と父から許可を取ったボウは、今度は「天国が賛美で満ち溢れてた日ーー」と賛美歌を歌い始める。
他の兄弟も合唱を始め、警官を取り囲む。
うろたえた警官は、「もう行くよ、本当に。悪いね。仕事があるんだ」と逃げ出す。
「ライトを直して」と書類をベンに返し、「良い1日を」と言ってほうほうの体でバスを降りていった。
家族は皆で「主の恵みを!」
警官が出て行くや、ボウはベンに言う。
「人民に力を」
「権力にノーを」とベンは応じる。
逃げない動物に矢は放てないキーラー
キーラーは、人間に飼われている動物は逃げないので矢を放てない。
放牧されている羊を見て弓を構えたキーラーは、矢を放てない。
「逃げないんだもん」が理由だ。
再びバスの旅は始まり、ナイが言う。
「ママに会いたい」
それを聞いたキーラーも涙ぐみ、隣に座っている長女も悲しげな表情だ。
2人は突然、エスペラント語で会話を始める。
ベンが使うなと注意する。
「全員が理解できない外国語は話すな。ルールだ」と言い、
「ドイツ語ならいい」とドイツ語で付け加える。
中国語で、「北京語を話してもいいぞ」とも言う。
長女がエスペラント語で何かを言う。
「ノー、エスペラント!」
三女が、「お腹すいた」
「羊を射止めないからだ」とベン。
それを聞いたヴェスパーがキーラーのこめかみにキスをする。
「コーラって何?」と聞くサージに「毒の液体だ」とベン
全員がレストランの席に座っている。
メニューを見たボウが「ホットドッグが!」と言う。
サージは、「コーラって何?」
「毒の液体だ」と答える父。
「チーズサンドを」には「ノー」。
「ミルクシェイクって?」とナイ。
「バーガー食べたい」とヴェスパー。
「パンケーキも」とサージ。
ところが父は、「よし、立て。帰るぞ」
「えっ、何で?」とボウが驚いて言う。
「まともな食い物がない。行こう」
「食べ物を救え!」と、スーパーの商品を家族で盗む
今度はスーパーマーケットに入った。
カートを引いて商品を見ていたベンが胸に手を当てたかと思うと崩れ落ちる。
次男が、「心臓発作だ。救急車を!早く呼んで!」と叫ぶ。
店が混乱している間に、子どもたちが商品を盗む。
「改善の余地は?」
「退散時、みんな正面から出て、裏口を使わなかった。閉められたら全滅だ」
と長男のボウガ答える。
「全員直接バスに向かうべきでもなかった」とヴェスパー。
「実行者を拾うのが得策」とキーラー。
「とりあえず任務は達成した」
「『食べ物を救え』」とナイ。
「ではみんな目を閉じて…目を開けて」
そこにはチョコレートケーキが。
「祝チョムスキー」と父。
「彼は12月7日生まれよ」と長女。
「今日祝おう」と言って父が生クリームスプレーをケーキにかける。
子どもたちの歓声が響き、みなケーキを掴み食いする。
「チョムスキーの誕生日を祝うなんておかしい」とレリアン
バスの床下から、ベンが出したのは、チョムスキーが描かれた大きなパネル。
「ノーム・チョムスキーの誕生日だ!」
と、長男がパネルを持って父とともに皆のところに戻り、「ノームおじさんの誕生日だ」と歌い出す。
「我らのノームおじさん、万歳!」
と拳を天に突き上げる。
ベンは、ボウドヴァン、レリアン、キーラー、ヴェスパー、サージと名を呼び、一人ひとりにプレゼントを渡す。
ボウには、ドローウェイト55ポンド、キトグラス製。
ヴェスパー、キーラー、サージには、刃渡り18センチ一部ノコギリ状戦闘ナイフ。
ナイには図解版の『セックスの喜び』という本。
その本の中を見て、彼女は嫌な顔をしている。
レリアンには、鉄矢ジリ。
だがレリアンは「チョムスキーの誕生日を祝うなんておかしいだろ。クリスマスを祝うのが普通だ」
「架空のエルフを祝いたいのか?人権の促進に貢献した実在の人物じゃなく?よし、見解を聞こう」
「もういい」
「いや、説明しろ。この機会に主張を。ちゃんと聞く。納得すればもちろん考えを変える。だろ?」
妹たちも「説明して」と言うが、次男は首を振って立ち去る。
ナイは本を捨てると、ベンは姉たちと同様の戦闘用ナイフを渡し、彼女は喜ぶ。
「やった!ありがとう!」
「鶏の殺し方は? オノ? ナイフ?」
ベンの妹の家に厄介になるが、価値観の違いから気まずい雰囲気に
さらにバスの旅は続く。
着いたのは、ベンの妹ハーパーとその亭主デイヴの家だ。
ハーパーの次男ジャクソンが食卓でゲームをしていて、母親から叱られる。
「嬉しいわ。こうしてお兄ちゃん一家と一緒で」とハーパー。
「ごちそうを、どうも」
「全部地元のオーガニック食材よ」
とベンの妹、つまり子どもたちのおばが言うと、ナイが言う。
「鶏の殺し方は?斧?ナイフ?」
驚きながらおばのハーパーが答える。
「私が自分で殺す必要はないの。鶏の丸焼きを買う時は、もう死んでいて…調理済み」
不思議な顔をするナイ。
笑うベン。
「ベン、ワインは?」とデイブが気を使う。
グラスにワインを注ぐベンにサージが自分も飲みたいと言い、ベンはサージのグラスに注ぐ。
ベンの妹は驚いて、「子どもはダメ」と言う。
「フランスとかでは子どもも飲む。消化にいい。クラックじゃない」
「クラックって?」とサージが聞く。
「結晶化させた中毒性の興奮剤で別名コカインだ。1980年代中頃には、都心の人口を激減させた。常用者には子どももいて、些細なことで殺し合ってた。ナイキとか」
産後精神病で双極性障害に
「ナイキってギリシャの勝利の女神?」とナイが聞く。
「今のジョークだよね」とジャクソンが言う。
「アディダス的な」とハーパーの長男ジャスティン。
「それ何?」とサージ。
「マジで?」とジャクソン。
隣にいる父のデイブが肘で突く。
ジャクソンの兄ジャステインが「シューズだよ」と言う。
ハーパーとデイブ夫妻は見つめ合って何やらささやき、デイヴが言う。
「ベン、僕らも本当に残念だと思っている。奥さんのこと、ショックだし、本当に…残念だ」
「ありがとう」
「何て言えばいいか言葉が…」
「いいんだ。妻とは仲が悪かったろ?知ってる」
「そんなことない。なんで…」
「妻に『ビッチ』と。別にいい。子どもたちも覚えている」
すると子どもたちが皆「そうそう」と答える。
「待て、違う。僕が言ったのは、砂糖のことでみんなで言い争いになった。粉砂糖のかかったシリアルを子どもたちに与えたら、彼女が怒鳴って来たから…」
「ビッチと言った」とベン。
「違う」
「君の言葉だけど、ただの言葉だ」
「禁句よ」とハーパー。
「子どもたちの前では不適切な言葉だ。」
「確かにな。2度と言わない」
しばし沈黙の後、
「伯母さんの死因は?」とジャスティン。
「レスリー伯母さんは、病気で、それで、病気の合併症が出た」
「精神病だった。双極性障害だ。ボウが生まれて症状が。産後精神病の一種だろう。気分が極端に変わり、躁になって嬉しそうに将来を計画したかと思うと、鬱になって緊張病のようにも。どうしようもなくて。何が起きてるのか…」
「子供の前でやめて」と耐えられなくなった妹が遮る。
「それで医者が入院させて薬を与えたが、病気は重かったんだ。それで伯母さんは…亡くなった」と妹の亭主が言う。
「病人は死ぬ」と言い、直後に「時には…、死ぬこともある」と訂正する。
「伯母さんが亡くなったのは病気のせいだ」
ところがベンがはっきり言う。
「手首を切った。自殺したんだ」
「そうだ」という亭主。
呆れて席を乱暴に立つハーパー。
星の下で眠りたいキャッシュ家の人々
「失礼」と席を立つデイブ。
「さあ飲め」とベン。
「ありがとう」とサージ。
ボウにも勧め、キーラーは自分でボトルを取りに行き、ベンが「ママへ」と献杯し、キャッシュ家の家族はワインを飲む。
いとこ2人のビデオゲームに唖然としながら見るキャッシュ家の子どもたち。
ベンはベンで妹と庭で喧嘩だ。
「精一杯やってる。出来る限りベストを。低レベルで悪かったわね」
2人のやりとりを聞いて、手で顔を覆うデイブ。
「子どもにウソを」とベンが言うと、
「子どもには理解できない事柄から彼らを守っているの」とハーパー。
「やめろ。近所迷惑だ。今は辛い時だ。みんな傷ついている。いったんは置いといて今夜は寝よう」とデイブ。
「すまなかった」とベンは謝罪し、
「この家の方針を踏みにじった」と反省。
「謝罪をありがとう。彼女は前から病気だったけど、今回はつらいわよね」とハーパーが言っていると、そこへキャッシュ家の子どもたちが寝具を持って庭に出てくる。
涙を拭うハーパー。
子どもたちは寝具を庭に敷く。
「何してる?」と尋ねるデイブに、ベンが答える。
「星の下で眠る」
「下の広間に泊まれるようにしたわ」とハーパー。
「そうだね。ここでいい。大丈夫だ」
ベンの子らを心配するハーパーにベンが反論
翌朝のダイニングルーム。
「みんなでシャワーを?」とベンに聞くサージ。
「シャワーじゃない。ガス室だ」
「ゲームをしまわなきゃ、レンジでチンするよ。いとこにフィギュアを見せてあげて」とハーパー。
「なんで?」
「見たことないかもしれないから」
「見せたらゲームしていい?」とジャスティン。
母親が了承すると、急いで動き始める。
「子どもたちは元気?」とデイブが聞く。
「たくましい」とベンは答える。
「今の家にはいつから?」
「ボウが8歳の時までは、オレゴンの農場で暮らしてて、10年前に森を買った」
「カネはあるのか?」
「最低限ね」
「聞け。ハーパーと相談した。子どもには環境が大事だ。本物の学校に通って、将来は仕事を」とデイブが話をしている最中にそれを遮ってハーパーが叫ぶ。
「子どもを殺す気!?」
驚くデイブとベン。
「ごめんなさい。でも自分が子どもに何をしているか分かってる?」
「子どもたちの人生を救ってる」とベン。
「ベン、おかしいわ」とのハーパーの指摘に、
「ケガへの対処法を教えるのが?星を頼りに進む方法を教えるのが?食用植物、服の作り方、ナイフ1本で生き残る術(すべ)を教えたらおかしいか?」
とベンは反論する。
「なにそれ」と呆れるハーパー。
「心機能と筋肉は一流アーティスト並み」
「だから?」と叫ぶハーパー。
「子どもは学校に行き、世界を知らなきゃ」とハーパー。
言葉で説明してもムダと悟ってかベンはジャスティンとジャクソンを呼ぶ。
「ジャクソン、何歳だ?」
「13歳」
「ビル・オブ・ライツ(権利章典)とは何だ?」
「勘定(ビル)みたいな…、なんか」
「ジャステインは高校生か?学校は好きか?」
「どうでもいい」
「権利章典とは?」
「政府の何かだろ? アメリカ国民の権利みたいな」
「そうだ、サージ!ちょっと来てくれ」
2階から降りて来たサージにベンは同じ質問をする。
「サージは8歳だ。権利章典とは?」
「修正第一条。『合衆国議会は国教を樹立したり、宗教を禁止してはならない。言論の、』」
「修正事項を暗唱しろとは言ってない。自分の言葉で説明してくれ」
「権利章典がないとアメリカは中国と同然。アメリカでは令状なしの捜索はなく、言論の自由があり、市民は残酷な刑罰から…」
「十分よ」とハーパーが遮る。
「待て。サージ、2010年のシチズン・ユナイテッド判決の特徴は?」
「企業も個人同様、選挙の候補者に献金可能に。つまり企業やロビイストが献金することで国を牛耳るようになり…」
「何なの」とハーパー。
「分かったわよ。感心したわ。みんなにね」
ベンとサージはニンマリしてハイタッチをする。
知り合った若い娘と会話が噛み合わないボウ
ボウは、オートキャンプ場で知り合ったクレア(左)と良いムードになる。
再びバスで出発だ。
ナイが窓からいとこたちを見ていると、2人が中指を立てている。
次に宿泊場は、オートキャンプ場。
隣のキャンピングカーからは若い女性クレアと母親エレンが出て来る。
ブランコに乗るクレアが、鍛錬しているボウに聞く。
「それ、ヨガ?」
「プラナヤマとアサナを調和させると、精神と肉体も調和する」
「本当に?」
タバコをふかしながらボウの近くにやって来たクレアが、自分の名を言うと、ボウは「ボウドヴァン」と名乗る。
「ボウドヴァンて、どんな名前よ」
「両親が考えたl
「変なの、何で?」
「世界に一つしかない名前なんだ」
「マジで変」
プールに場所を変え、脚をプールにつけながら2人は会話を続ける。
「好きな音楽は?」とクレアが聞くと、ボウは、「バッハ」と答える。
「ゴールドベルク変奏曲グレン・グールド版、無伴奏チェロ組曲ヨーヨーマ版もいい」
クレアは笑い、出身地を尋ねる。
「最近はヴィクトル・ユーゴーの家の近くにいた。父の研究休暇でアメリカに戻った。父はスポック博士に関する本を…」
と見栄を張って、ウソをつく。
「私『スター・トレック』大好き」
スポック博士違いだ。
面食らうボウ。
「どのスター?」
「スポックでしょ?『スター・トレック』の耳の男」
「出身はコネチカットだ。1947年に育児書を書いて子育てに影響を与えた」
「昔のテレビ番組かと」
「おお」
「子育てね。ああ、あの番組か。あれは…、いいよね」
知ってる振りだろう。
「お母さんは?」
「それは話せない。政府に勤めてる。機密だから話せないんだ」
ウソを重ねる。
「マジ?」
「これ以上は言えない。よく知らないし。ダメだ、言ってはいけなかった。誰にも言わないで」
笑って足を水中でぶつけて来るクレア。
クレアの母に帰りが遅いことを指摘されたボウはクレアに求婚
帰り道、2人はいい雰囲気になってキスをする。
ボウは息遣いが荒くなって、クレアから「大丈夫?」と言われてしまう。
お互い笑って、その後はよりディープなキス。
「ついて来て」とクレアが言い、ボウの手を引く。
「もう12時よ」
クレアの母エレンがキャンピングカーの入り口に腰掛けて待っていた。
「何してたんだか、予想が外れるといいけど」
するとボウは跪いて言う。
「お考えは分かります。でも娘さんに教わりました。僕を成長させてくれました。キスをしたらエンドルフィンが一気に体内を巡りました。娘さんは僕の奥底を貫き、僕も彼女を深く貫きました。いや、そういう意味じゃなく…、そうしたいですが、君と僕が心を決めた時に子どもが欲しい。その件は2人で決めよう。君が良ければ、僕の心は決まっている。僕は決めた。君の気持ち次第だ」
と一気に捲し立てる。
「クレア、名字は?」
「マキューン」
「クレア・マキューン」
とフルネームで呼び、両手を握り、クレアを見つめ、
「結婚してください」
クレアはエレンを見て、2人は吹き出す。
「面白い子ね。パパが待ってるわよ。明日また会えば?」
冗談だと思ったのだ。
「おやすみ」と置いていかれるボウであった。
「ただのペニスだ。男ならある」
翌朝、バスのステップからベンが全裸で現れる。
それを見た夫と一緒の妻は、目を逸らす。
それに対し、ベンは言う。
「ただのペニスだ。男ならある。俺たちも動物だ」
「食べる時は服を着て」と、外のテーブルで食事を摂るナイからやり返されるベン。
レスリーが夢に現れ「幸せよ」
バスはキャンプ場を後にして再び動き始める。
ボウがレアウィンドウから外の母娘をじっと見て別れを惜しみ手を振る。
バスは走り、りっぱな教会の駐車場に着く。
今夜は車内泊のようだ。
眠るベン前に再び妻のレスリーが現れる。
彼女は笑っている。
「幸せそうだ」
「幸せよ」とレスリーは答える。
「幸せ?」
「あなたといるもの」
既成宗教を嫌った仏教徒のレスリーは火葬を望んだのにキリスト教式に
レスリーの葬儀が行われている教会に乱入?
教会ではレスリーの葬儀が始まっている。
「慈悲と赦しを与えたもう神よ、天に召された故人に代わる我らの祈りを、どうぞお聞きください。彼女はあなたを信じていました。レスリーが無事に天国に入り、永遠に安からに過ごせますように。アーメン」
そこにドアを押して入って来たのは、赤いスーツに身を包んだベンを先頭に、キャッシュ家の7人だ。
サージはまたお気に入りのガスマスクを被っている。
義父のジャックがベンたちを凝視する。
「私は故人レスリーを個人的には存じず残念です。レスリーは育児のために弁護士をやめた愛情深い母親でした。彼女は母と父を愛し、犬の…ハーヴィーとリトルベアを愛していました。聞けばガーデニングとクラシック音楽も好きで、ゴールドベルク変奏曲グレン・グールド版が大好きでした。月明かりのビーチを散歩することも好んだとか。彼女は夫のベンと子どもたちも愛し…」
そこにベンが割って入る。
「その夫から話をさせてください」と言って棺のある壇上に。
「妻は仏教徒でした。彼女にとって仏教は哲学です。妻はすべての既成宗教を嫌い、『もっとも危険なおとぎ話であり、無知な者に恐れを抱かせ、服従させるのが狙いだ』と。妻が死よりも恐れたのは、朽ちゆく肉体が箱の中に永遠に幽閉されて…」
と言って突然、棺を叩き、
「糞ゴルフ場に埋められること」
子どもたちは嬉しそうに笑うが、ジャックは怒って立ち上げるが、お構いなくベンは続ける。
「知りもしない人たちに称えられるバカバカしさを、彼女は笑って楽しんだでしょうがね。妻はユーモアがあった。私の話の証明に、これを読みます。レスリーの遺言状です。読みます。『私が死んだら仏教徒として火葬されることを望みます。葬儀では私の生涯を祝ってください。音楽とダンスで。その後は私の遺灰を人がたくさんいる公共の場所に持って行き、そのまま安らかにトイレに流してください』。以上です」
会場からは嘆声が漏れる。
「ユーモアがある」とベンが言ったところで、2人の男がベンを羽交い締めにして連れて行く。
「話の途中だ。終わってない。こんなの妻は望んでない!」と叫ぶが、摘み出される。
娘のナイが「パパ!」と叫ぶ。
心配そうな、ベンの義母アビゲイル。
「放してくれ。これが妻の遺言だ。妻の望みは?」
連れて行かれるベンの後を追う子どもたち。
「チキショー、歌を歌わせろ!」
何事もなかったように神父は続ける。
「では聖書を。マタイによる福音書18章15節から18節を読みます」
「なぜ娘や孫の意見を尊重しないのです?」
外に出されたキャッシュ家の7人が茫然としている中、棺が教会から出て来る。
義父のジャックがベンのところに歩いて来て言う。
「うちの家族にとって君は最悪だ」
「なぜ娘や孫の意見を尊重しないのです?」
それを無視してジャックは孫に歩み寄る。
「おじいちゃん、ナイです」
「ナイか、初めまして」と言って抱き上げる。
ベンはアビゲイルに、「残念です、本当に」とハグする。
「おばあちゃん」と、孫たちが祖母アビゲイルに駆け寄る。
「みんなと会えて良かった」と祖母。
「子どもたちは埋葬に連れて行く。君は私たちの家へ」
とジャックがベンに言うとベンは、
「子どもたちとは離れません」
すると孫たちに向かってジャックが言う。
「悪いが君たちのパパは、葬儀には不向きだ」
「土葬はさせない」とベン。
「警察は君に耳を貸すか?ピエロ姿のヒッピーに」
とベンに言ってから妻に、「行こう」。
「どこへ?」と聞く妻に「娘のところへだ」。
だがアビゲイルは、「私は孫たちと」
「後で会える」
「孫と話しさせて」とアビゲイル。
「レスリーが待ってる、さあ」
ハーパーとデイブが離れたところから見ている。
「父さんまで失いたくない」
「スティーブに乗れ!行くぞ!」とベンが子どもたちに言う。
「どこへ?」と子どもが聞くと、
「葬儀を止める」とベンは答える。
「スティーブ(バス)」の中で、上の子たちが父親に行っちゃダメと言い、ナイがサージに「行っちゃダメなの?」と聞くと、サージは「パパはね」と答える。
「スピーチのせい?」
「そう」
「黙って座ってろ!」とベンが子どもたちを静かにさせようとする。
ボウが「父さん」と話しかける。
「黙れ!シートベルトを」
「行けば逮捕される」とボウ。
「絶対にママを救う」
「任務は中止に!」「帰ろう」と子どもたちは言う。
「ママを救う」とベンは引かない。
「ママは死んだ。ママも反対する」
「土葬はダメだ!」
「父さんが大事だ!」とボウが言うとベンは黙った。
「どうか。父さんまで失いたくないよ」
サージとナイは泣いている。
ベンは思い止まって、「チキショー」と叫ぶ。
皆、涙を滲ませている。
ハーパード大、スタンフォード大にも合格したボウ
名門大学に合格したことを父親に報告するが…
キャンプ場に「スティーブ」を止めて、夕闇が迫る。
バスケット場に、ボウとレリアンがいて、レリアンが言う。
「いつだったかママが、笑ってた。いつかな。ママは精神病だった。幻覚を見てた。石で俺たちを殴る幻覚だ。パパに話してた」
「重症だったんだ」
「パパのせいだ。パパは危険だ。俺たちの生活が最高?パパは完璧だと思う?」
と言って泣きながら去って行くレリアン。
ボウは黙って聞いていたが、「スティーブ」に入ると手紙を持って、外のテーブルでワインを飲んでいるベンのところに行き、その手紙を差し出す。
「イエール、スタンフォード、ハーバード…MIT、ブラウン」
手紙は、超一流の名門大学にすべて合格した通知だ。
「よくやった」
「ありがとう」
「すごいな」
とベンは言って、2人は笑う。
「だよね、確かに」
「ずっと俺を騙していたのか?」「母さんが」
だが、雲行きが変わる。
「ずっと俺を騙していたのか?」とベンが言ったからだ。
予想外の反応に驚くボウ。
「図書館に行って俺に隠れて受験して大学に願書を?」
「そうじゃない」
「高校も出てないのに、よく受かった。信頼にたる成績証明書を作ったんだろうな」
「聞いて」
「俺の許可も得ず。どっちがすごいのかな、合格とウソを突き通したのと」
「母さんだよ」
驚き黙るベン。
「全部母さんが手伝ってくれた。大学に行きたい」
「6ヶ国語を話し、数学と理論物理学も…。大学で何を学ぶ?」
「知らないよ!父さんのせいで変人だと思われてる。僕らはみんな変人だ。母さんは分かっていた。本で学んだこと以外、何も知らないんだ!」
2人ともしばし沈黙した後、ボウは立ち去る。
ベンは考え込む。
そこへ、ナイが「パパ」と言って来る。また裸だ。
「服を着ろ、ナイ」
するとナイは一枚のメモを父親に渡す。
「パパがママを殺した」とレリアン
キャッシュ家の人々は、妻の実家にバスの「スティーブ」でやって来た。
「スティーブで待ってろ。すぐ戻る」と父ベンは言い、呼び鈴を押すと、中から義母が出て来た。
ベンが「レリアンは?」と言い、中に入ろうとすると、「ムチャよ」と義母は言う。
「私の息子です」と言うベンの顔をじっと見ていた義母は、「分かったわ」と折れる。
レリアンはスクリーンに映像を映したゲームを祖父のジャックと一緒にやっている。
鳥を狩猟するシューティングゲームだ。
そこへベンが来て映像を遮り、「帰るぞ、レリアン」。
「動揺させて悪かった」
「パパがママを殺した。知ってるよ。ママは森を出たいと言ってて、喧嘩してた」
「子どものために何がベストかママと決めてた」
「ここに住む。おじいちゃんと」
「それはムリだ。帰ろう。荷物を持って来い」
とベンは言うが動こうとしないレリアンに怒鳴る。
「早くしろ!」
レリアンは、「嫌いだよ。パパなんか大嫌いだ!」と叫んで部屋を出て行く。
「盗みを教えているのか?」
ジャックが放った矢がドアに突き刺さる。
アビゲイルはレリアンの後を追い、ベンも部屋を出ようとすると、突然、矢が壁に突き刺さる。
ジャックがアーチェリーの矢を放ったのだ。
「なんで?危なかった」
「すれすれを狙った」
「なぜ矢を?」
「『子どもは学校に通ってる』と」
「通ってる。レスリーと俺が先生です」
「盗みを教えているのか?」
「まさか」
「任務『食べ物を救え』は?」
「訓練の一環です」
「つまり盗みの訓練か」
「母親が死んで、みんな落ち込んでたからチョムスキーのお祝いを」
「児童虐待だ」とジャック
「チョムスキー?誰だか知らんな。それで孫たちに武器を与えた?レリアンは骨折を?」
「滑って転んだんです。骨折はしてない」
「雨の中、ロッククライミングを?」
「アクシデントでした。雨は後から降った」
「彼はあざだらけだ」
「スリ傷もみんなある」
「児童虐待だ」
「君が出す課題をクリアしても、あの子たちは社会に出られん」
「その逆も真なり、です」
「レリアンには選択権がある。私は彼の意思を尊重する」とジャックは言うとシャツの胸ポケットから名刺を出し、ベンに渡した。
「うちの弁護士だ。私たちは孫の養育権を争うことにした。電話は持っていないだろうが、彼に連絡しなさい。逮捕状は出したくない」
「俺の息子です。置いては帰れない」
「そうか」とジャックは言うと、電話をかけ始める。
「ビルか?元気か。コロナドのジャック・ベルトラングだ。窓の外を不審者がうろついてる。パトカーを頼む。すまんな、では」
と電話を切ったジャックは、ベンに「レリアンのケガを警察に説明しろ」と言う。
首を横に振るベン。
ヴェスパーが落下して骨折。数ミリズレていたら死か麻痺
レリアン救出作戦で、屋根に登るヴェスパーを皆が注視する。
警察が帰るのをスティーブから見ていたベンが子どもたちに言う。
「人質確認。2階の2つめの窓。車庫の上だ」
「標的確認」
「救出して」
とキーラーが言う。
ヴェスパーが屋根に上り、屋根から部屋に侵入を試みる。
しかし瓦が割れて滑り落ち、車の上に落下し、セキュリティの非常サイレンが鳴る。
「ヴェスパー!」と皆が駆け寄る。ベンも呆然としている。
ヴェスパーは担架に頭を固定され、病院に運ばれる。
医者がベンを呼び、容態を説明する。
「調べたところ脳に損傷は見られませんでした。左脚の脛骨と腓骨が折れていて、ネックカラーとギプスが必要ですがね。X線画像を」
診察室でX線画像を示しながら医師がベンに説明する。
「これが一番上の頸椎。この黒い線が折れた箇所です。屋根で何を?」
「ちょっと遊んでいて」
「驚くほど体の強い子で。首の頸椎は7つ。その上から4つ、そして脊髄。つまり数ミリ下を損傷していたら、死ぬか麻痺が残りました。幸運でした」
何かをじっと考え込むベン。
レスリーの手紙を義母から見せられて
ベンは義母から妻の手紙を見せられる。
ベルトラング家を訪れるキャッシュ家の皆。
ヴェスパーは松葉杖をついている。
祖母のアビゲイルがキッチンへ子どもたちを招き入れる。
ジャックはベンに何か言いたそうにベンに近寄るが、何も言わずに孫たちのほうに向かう。
庭で日頃の鍛錬を行う孫たちからやり方を学ぶジャックの姿が見える。
よろけたジャックが言う。
「虐待だ。おじいちゃんを虐待するな」
ベンはそれを黙って見ている。
ガレージでアビゲイルがベンに娘レスリーの遺品を見せて言う。
「好きなものをもらって。見せたかったものがあるの。あなたが治療を提案する前に手紙が来たの。これを読んで」
「『ママへ もう迎えに来なくていい。先日の手紙は焼いて。ベンと築いたものは他に類を見ないものかも。プラトンの“国家“から楽園を築いたの。子どもたちは哲人王になる。言葉にできないほど幸せだわ。私の病気は絶対ここで治る。人間は言葉より行動で決まるのよ』」
祖父母の家にいたくない子らに「パパといると人生がダメになる」
ベンは子どもたちを祖父母にあずけ、自分が去ることを告げる。
シャワーを頭からかけるベンの表情には苦悩が見える。
その後、庭に子どもたちを集合させる。
サージが聞く。
「家に帰らないの?」
「ああ、帰らない」とベンが答える。
「ここには、いたくない」とサージが言えば、ヴェスパーは、「この家は富のひけらかし」と言い、続けてキーラーも「土地の使い方が非倫理的よ」と言う。
ヴェスパーが「この家は富のひけらかし」と批判する祖父母の豪邸
それに対しベンは、「ここなら安全だ」と答える。
だがヴェスパーは、「パパと暮らしたい」と言う。
「死ぬところだったろ?」
「あれは事故よ。瓦が割れたんだもの」
ベンは黙って首を横に振る。
それから言う。
「すべては悪気のない過ちだった。俺のミスだ」
驚く表情のボウとキーラー。
「ママのためになると。森にいれば治ると思ってたけど。やり過ぎだった。俺が間違っていた。分かっていた。そうだ。分かってたのに」
父親をじっと見つめ続けるレリアン。
「パパといたい」とナイが言う。
「パパといると人生がダメになる。数日後に電話する」と言い残してベンは、木陰に集った6人の子たちをそこに残して立ち去る。
子どもたちをジャックに委ね、去ろうとするベン
「子どもたちの面倒は任せなさい。何も心配することはない」と義父のジャック
子どもたちの荷物を家に運ぶと、ジャックがベンに言う。
「行くあてはあるのか」
沈黙の後、
「できれば子どもたちを狩へ。好きだから」とベン。
「オーケー」とジャック。
「それと、ボウは大学へ行きたがっています。一流大学に合格しています。学費が問題ですが」
「子どもたちの面倒は任せなさい。何も心配することはない。これでいいんだ」
「それじゃ」
と言ってベンは手を差し出し、2人は握手して別れる。
任務!『パパとママを救え!』とサージ
ベンはひとりスティーブを運転して去って行った…が。
「スティーブ」を運転して去って行くベンだが、悲しみやその他の感情が入り混じって込み上げて来る。
後方の座席には今までいた6人の子どもたちの姿がバックミラー越しにも見えない。
スーパーマーケットに立ち寄ったベンは、トイレで髭を剃り始める。
再び夕暮れの中を走り、キャンプする。
焚き火をしていると、「髭剃った?」とレリアンがベンの前に現れる。
その後、次々と子どもたちが現れた。
スティーブの床下に隠れていたのだ。
驚くベンに子どもたちが言う。
ヴェスパーが「嫌いじゃなかった」と言い、レリアンが、「ママを助けたかった」と言う。
ベンはレリアンの前に立つと、「自分もだよ」と言い、2人は抱き合う。
レリアンが「ごめんなさい」と謝り、ベンが「愛してるよ」と返す。
対立していた2人の和解だ。
「任務を遂げたい」とレリアンが言う。
「ダメだ。任務はない」
「任務。『パパとママを救え』」とサージが言う。
「ママを火葬に」とキーラー。
「それがママの願いだ」とレリアン。
「トイレに流そう」とナイ。
「お前たちを危険にさらすことは2度とできない」
「『希望はないと思うと確実になくなる。自由への衝動と物事を変えるチャンスを感じたら、世界をよくできるかもしれない』」とレリアンが言う。
「チョムスキーか」とベンが嬉しそうに言う。
母レスリーの墓を掘り返し「スティーブ」で運ぶ
掘り返した母親の遺体を愛おしく見つめる子どもたち
夜中、スティーブが動き始める。
着いたのは墓地だ。
カンテラを持って探す。
「パパ、あった」とキーラーが言い、皆がそこに集まる。
「レスリー・アビゲイル・キャッシュ」とサージが墓碑銘を読み上げる。
ミドルネームは母親の名だ。
「主が永久に彼女とありますように」
「掘ろう。この下から出してあげなきゃ」とナイが言う。
皆で土を掘り、棺を引き上げる。
「この中にママが」とサージ。
皆で棺を持ってスティーブに移動する。
夜を徹してスティーブは走る。
棺の中の母の顔を見つめる子どもたち。
また夜が来る。
髪をバリカンで刈って短髪にするボウ。
バックミラー越しにボウの髪をみて、自分の髪に手を沿わせるベン。
するとボウも顎を手で撫でるような動作を。
「ママが愛した歌を」
遺体にキスして別れを告げるベン
湖の畔に、丸太を組んで、その上に布に包んだ妻(母)の遺体を載せた。
ベンが遺体に話しかける。
「やあ、小鳥さん。俺だよ。すまなかった、何もできなくて。悪化させたかな。この顔は俺のもの。この手も俺のもの。この口も俺のもの。でもこの俺は君のものだ」
ベンは遺体に布の上からキスし、遺体に載せられた雑草の花束に、鳥の羽根を差す。
いよいよ点火だ。
「ママが愛した歌を」とレリアンが提案する。
キーラーが歌い始める。
母の好きだった歌を歌キーラー
♬ 彼女の笑顔を見ると 幼い頃の思い出がよみがえる すべてが青空のように まぶしく輝いていた日々♬
と、ボウがギターを奏で始める。ナイはハーモニカ、サージはタンバリン。皆が歌い、演奏し、踊る。
♬ 彼女の顔を見るたび あの特別な場所に飛んで行ってしまう じっと見つめていたら 泣き崩れてしまいそう
ああ可愛いわが子よ 私の愛するあなたよ
彼女の瞳は抜けるような青空のよう その瞳が曇るのは見たくない 彼女の髪は 昔隠れた温かな場所のよう 雷雨が去るよう祈っていた
ああ可愛いわが子よ 愛するあなたよ♬
火葬の最中、歌って演奏して踊る。
「日々、人生最後の日と思え。吸収しろ。大胆に挑戦して楽しめ」
母親の遺灰を遺言に従ってトイレに流す。
皆がやって来たのは、空港の建物。
トイレに全員で入って、遺灰を便器の中に入れる。
こんもりして流れるのだろうかと心配になる量だ。
皆が笑う。
そして、「バイバイ、ママ」とナイがレバーを押し、遺灰は流れていく。
その後、ボウえお見送る。
ボウは大学には進学せず、ナミビアへ行くのだと言う。
「なぜナミビアへ?」と聞かれたボウは、「適当に地図を指した」と答える。
ベンは水晶(?)の数珠をボウの首にかけ、こう言う。
「女性とセックスする時は優しく。気持ちを聞け。愛してなくても大切に」
「分かってる」
「常に正直に、常に高潔に」
「分かってる」
旅立つボウに最後の教えを伝えるベン
「日々、人生最後の日と思え。吸収しろ。大胆に挑戦して楽しめ。すべて一瞬だ」
「分かってる」
「死ぬな」
「死なない」
2人は見つめあい、笑い、額をつける。
「行け」と父が言って踵を返す。
皆が去って行こうとする中、ナイが振り向いてボウのところへ走って行き、脚にしがみつく。
ボウがしゃがんでナイに言う。
「人民に力を!」
するとナイが返す。
「権力にノーを」
ナイは父たちのところに走って戻り、ボウに投げキスをする。
ボウは搭乗口に入って行く。
学校にも通う自給自足の生活を皆で
登校前の幸せな一時を過ごすキャッシュ親子
畑を笑いながら走り回るヴェスパーとキーラー。
「スティーブ」の中は鶏小屋になっている。
2人は卵を集めると、家に向かう。
他の子たちも畑で取れた作物を収穫して来たようだ。
「早く食え、スクールバスが後15分で来る」
早く食事を済ませたヴェスパーやキーラーは本を読んだり勉強をしたりしている。
どうやら、山には戻らず、平地で自給自足の生活をしながら、子どもたちは学校に通っているようだ。